2005年 10月 03日
Crash Down No.30 |
―――荒涼とした大地。
アスファルトのジャングルと化したこの街を表すのにもっとも適当な言葉かも知れない。この世の全ての快楽が渦巻くと言われる都市アリエドは、その喧騒の対価に潤いを無くしていた。快楽を貪るジャンキー共とそれを利用する商人。裏と表を行き来する運び屋。路地の奥、地下の箱、深夜のファミレス……。アリエドは全ての人を歩かせる。マネーゲームや縄張り争いで街も人も渇いていた。その渇きを癒そうとするかのように人は歩き続ける。まだ見ぬオアシスを求めて。
深夜の暗い路地裏。眠らない街だからこそ必要とされる、照明の当たらない空間。危ない取引は闇に紛れて、娼婦は灯りを逃れて―――。快楽の街アリエドの裏側であり、真の姿でもあった。そこで酔っ払いがゴミに埋もれていた。酔って倒れたまま寝てしまったようだ。金目の物はあらかた盗まれてしまったのだろう。服の乱れが語っている。ただ一つ、龍が巻きついたようなイヤーカフスだけが彼の所有物だった。
そこに金属を打ち合わせるような音がして、酔っ払いがごみと一緒に吹き飛んだ。術式の衝撃ですり鉢状にくぼんだそこに一人の女が着地し、飛びのくと同時に追い討ちの術式が構成されていく。連続する金属音はしかしどれも彼女を捕えられない。肩幅程度の大きさのくぼみが次々と路地や壁を削っていく。
術式を構成するのは赤い服の男だ。真紅の衣装を着た彼はこの暗闇にさえくすむ事がない。その存在感は静かながらも強く大きく、そのせいか彼の中肉中背の体は筋肉で武装した格闘家のようにも見えた。左右の手を特徴的に組み合わせている。
「いつまでも逃げられると思うなよ、にご」
男は静かに口を開いた。ぼそぼそとかすれるその声は彼と同じく闇に紛れる事はない。
「この宇想の標的となって逃げ延びた者は誰一人いない。おとなしくCrash Down No.30を渡せ」
宇想は組み合わせていた手を解き、それでも油断の無い構えで女―――にごに告げた。
「今渡すなら楽に逝かせてやろう。このまま逃げ続けるなら―――」
「俺はてめぇの信じる道を突き進むのみ。こいつは渡せないね」
にごは低い姿勢のまま啖呵を切る。黒い髪から覗く眼光は鋭く、意思の強さを感じさせた。細く長い手足は爆発に向けて力を溜めている。
「なるほど―――。ならば……」
宇想が手を組み合わせようとした瞬間、にごの体が跳ねる。一瞬で宇想の懐に飛び込み強烈なボディブローを放つ。しかしそれを読んでいた宇想は自分の体を守る術式を構成していた。ドラム缶を殴ったような音がして構成が崩れると、宇想は飛びのきざまに手を組み合わせる。さきほどの戦闘でひび割れたアスファルトが無数の槍となってにごに襲い掛かるが、にごはぎりぎりまでひきつけたそれを跳躍でかわす。金属音。壁を蹴り方向転換して回避する。金属音。地を駆け振り切る。アスファルトの槍を投げつけ、強烈な蹴りを見舞う。術式によって防がれ、紙一重で避けられる。
まるで物理法則を無視したかのように縦横無尽ににごが舞う。限界知らずの驚異的な身体能力だった。宇想は冷静にそれを追いかけ、あるいは先読みして術式を構成していく。術式の構成には多大な集中力が要求される。これほどの戦闘で術式を構成しつづける宇想は相当の使い手である事が伺えた。
ふいに暗闇を覆う影が上空に現れた。この路地裏は闇が占領しているにもかかわらず、それをはっきりと覆う影だった。宇想が無意識にその正体を確認しようとした隙を、にごは見逃さなかった。死角となる地面すれすれを這うように疾走し足払いをしかけた。足を払われて倒れる宇想にさらに回転を利用した突きを放った。体勢を崩した宇想は吹き飛び、勢いよくごみの山に突っ込んだ。すぐさま起き上がり術式を構成するが、にごの姿は無い。
「あばよー!」
声に見上げると、先ほどの影の正体―――飛行艇のマニピュレータに回収されていくにごがいた。すでに術式の射程を外れていて、宇想に打つ手は無かった。呪詛を吐いて赤い服を翻し、闇に消えていく。あれほど強大だった存在感はあっさりと闇に紛れて追えなくなった。
「さんきゅー!」
にごは飛行艇の操縦席に向かってにこにこと手を振った。
「さんきゅー! じゃない!! 無茶しないでって言ったのに!!」
「そんなに怒るなよー。許して? 許して電ちゃんっこの通り!」
悪びれもせず両手を合わせるにごに、電は苦笑した。
「分かった。でも次無茶したら助けに来ないからね」
「了解!」
アリエドの夜空に浮かぶ飛行艇はゆっくりと高度を上げて行き、やがて雲の向こうに消えた。
『Crash Down No.30』 第一話 <了>
Copyright:EMBRYO a.k.a イヤーカフスの酔っ払い
Special thanks and starring
宇想 as 赤服の殺し屋
にご as 男口調のヒロイン
電 as 飛行艇の操縦士
アスファルトのジャングルと化したこの街を表すのにもっとも適当な言葉かも知れない。この世の全ての快楽が渦巻くと言われる都市アリエドは、その喧騒の対価に潤いを無くしていた。快楽を貪るジャンキー共とそれを利用する商人。裏と表を行き来する運び屋。路地の奥、地下の箱、深夜のファミレス……。アリエドは全ての人を歩かせる。マネーゲームや縄張り争いで街も人も渇いていた。その渇きを癒そうとするかのように人は歩き続ける。まだ見ぬオアシスを求めて。
深夜の暗い路地裏。眠らない街だからこそ必要とされる、照明の当たらない空間。危ない取引は闇に紛れて、娼婦は灯りを逃れて―――。快楽の街アリエドの裏側であり、真の姿でもあった。そこで酔っ払いがゴミに埋もれていた。酔って倒れたまま寝てしまったようだ。金目の物はあらかた盗まれてしまったのだろう。服の乱れが語っている。ただ一つ、龍が巻きついたようなイヤーカフスだけが彼の所有物だった。
そこに金属を打ち合わせるような音がして、酔っ払いがごみと一緒に吹き飛んだ。術式の衝撃ですり鉢状にくぼんだそこに一人の女が着地し、飛びのくと同時に追い討ちの術式が構成されていく。連続する金属音はしかしどれも彼女を捕えられない。肩幅程度の大きさのくぼみが次々と路地や壁を削っていく。
術式を構成するのは赤い服の男だ。真紅の衣装を着た彼はこの暗闇にさえくすむ事がない。その存在感は静かながらも強く大きく、そのせいか彼の中肉中背の体は筋肉で武装した格闘家のようにも見えた。左右の手を特徴的に組み合わせている。
「いつまでも逃げられると思うなよ、にご」
男は静かに口を開いた。ぼそぼそとかすれるその声は彼と同じく闇に紛れる事はない。
「この宇想の標的となって逃げ延びた者は誰一人いない。おとなしくCrash Down No.30を渡せ」
宇想は組み合わせていた手を解き、それでも油断の無い構えで女―――にごに告げた。
「今渡すなら楽に逝かせてやろう。このまま逃げ続けるなら―――」
「俺はてめぇの信じる道を突き進むのみ。こいつは渡せないね」
にごは低い姿勢のまま啖呵を切る。黒い髪から覗く眼光は鋭く、意思の強さを感じさせた。細く長い手足は爆発に向けて力を溜めている。
「なるほど―――。ならば……」
宇想が手を組み合わせようとした瞬間、にごの体が跳ねる。一瞬で宇想の懐に飛び込み強烈なボディブローを放つ。しかしそれを読んでいた宇想は自分の体を守る術式を構成していた。ドラム缶を殴ったような音がして構成が崩れると、宇想は飛びのきざまに手を組み合わせる。さきほどの戦闘でひび割れたアスファルトが無数の槍となってにごに襲い掛かるが、にごはぎりぎりまでひきつけたそれを跳躍でかわす。金属音。壁を蹴り方向転換して回避する。金属音。地を駆け振り切る。アスファルトの槍を投げつけ、強烈な蹴りを見舞う。術式によって防がれ、紙一重で避けられる。
まるで物理法則を無視したかのように縦横無尽ににごが舞う。限界知らずの驚異的な身体能力だった。宇想は冷静にそれを追いかけ、あるいは先読みして術式を構成していく。術式の構成には多大な集中力が要求される。これほどの戦闘で術式を構成しつづける宇想は相当の使い手である事が伺えた。
ふいに暗闇を覆う影が上空に現れた。この路地裏は闇が占領しているにもかかわらず、それをはっきりと覆う影だった。宇想が無意識にその正体を確認しようとした隙を、にごは見逃さなかった。死角となる地面すれすれを這うように疾走し足払いをしかけた。足を払われて倒れる宇想にさらに回転を利用した突きを放った。体勢を崩した宇想は吹き飛び、勢いよくごみの山に突っ込んだ。すぐさま起き上がり術式を構成するが、にごの姿は無い。
「あばよー!」
声に見上げると、先ほどの影の正体―――飛行艇のマニピュレータに回収されていくにごがいた。すでに術式の射程を外れていて、宇想に打つ手は無かった。呪詛を吐いて赤い服を翻し、闇に消えていく。あれほど強大だった存在感はあっさりと闇に紛れて追えなくなった。
「さんきゅー!」
にごは飛行艇の操縦席に向かってにこにこと手を振った。
「さんきゅー! じゃない!! 無茶しないでって言ったのに!!」
「そんなに怒るなよー。許して? 許して電ちゃんっこの通り!」
悪びれもせず両手を合わせるにごに、電は苦笑した。
「分かった。でも次無茶したら助けに来ないからね」
「了解!」
アリエドの夜空に浮かぶ飛行艇はゆっくりと高度を上げて行き、やがて雲の向こうに消えた。
『Crash Down No.30』 第一話 <了>
Copyright:EMBRYO a.k.a イヤーカフスの酔っ払い
Special thanks and starring
宇想 as 赤服の殺し屋
にご as 男口調のヒロイン
電 as 飛行艇の操縦士
by embryo_3
| 2005-10-03 00:59
| CD30