2006年 01月 01日
Crash Down No. 30 ~9~ "Epilogue" |
ぼろぼろの体を抱えて操縦席にたどり着いたにごは、心配と安堵と怒りの複雑な表情の電に迎えられた。トレードマークの帽子の代わりに痛々しい包帯を巻いていたが、至って元気そうだった。その姿を見た途端、にごの体から力が抜けていく。
電が慌てて駆け寄りその体を支えるが、もとより電にはにごを支えるだけの筋力は無い。結果、二人して床に倒れこんでしまった。
ぼーっとする意識で、低い天井が見える。至るところに紙が張ってある天井だ。いつか受けた依頼の明細に電が赤でチェックを入れた物であったり、『にご様の買い物リスト!!』と書かれた長々と続く紙であったり、伝説の空賊と呼ばれた男が、龍をかたどった刺青を誇っている写真などがあった。
「もー。心配したんだからね」
「何言ってんだよ。こっちの方が心配したよ。宿に帰ってないから探してみたら帽子が真っ二つで出てくるし。まあ、無事で良かった」
「今朝、漁から戻ってきた漁船にね、港に浮かんでるところを助けられて。夕方目が覚めたから、ほとんど24時間意識が無かったんだ。にごが亜璃亜のところを出た後で、亜璃亜の“若いの”が私を見つけてくれて。心配になって、アスファルトドロップ号で探しにきたってわけ」
「ああ、そうか」
にごは亜璃亜の顔を思い出していた。様々な火器をこともなげに取り出し、持っていけといってくれたカフェバーの女主人。過去に、電との間にどんな関係を築いていたのだろうか。
詮索はしない方がいいだろう。
もしも電が、あの男との過去を聞きたいと言い出したら、きっと自分は困った顔になるだろうから。電と亜璃亜との関係も、なんとなくそういう感じなのかな、と思う。
「結局は、“老婆心”とやらに助けられた、か」
「?」
「何でもない」
そう、と頷く気配がして、電も天井をぼんやり見た。
「ねえ、Crash Down No. 30、手に入れられた?」
「え? 解析にかけるからって、マニピュレーター搬入口のところのトレイに置けって言ってたじゃん。トラットが受け取りましたーみたいな事言ってたぞ?」
「え? 嘘。私知らないよ!?」
電が体を起こし、操縦席に駆け寄った。仮想窓を開く電子音が響く。続いてキーボードを叩く音が聞こえてきた。
にごも体を引きずりながら操縦席の背もたれに体を預け、仮想窓を覗き込む。
「ちょっと!! トラット!! 大事な物なんだから返してよ!!」
電がキーボードを叩くと、アスファルトドロップ号の人工知能トラットがむすっとした顔で出てきた。
にごと電が思わず顔を見合わせる。
―――トラットが表情を作ってる!!
「返してよ、とは酷い言い草ですね。Crash Down No. 30はもともと僕のものです」
「ちょ、トラット、お前ホントにトラットか!? お前ってもっと馬鹿だっただろ?」
「ええ、脳みその大事な部分が外部に流出してる状態でしたから。そりゃ馬鹿に見えても仕方ありませんけど。こう見えても超高性能の飛行艇のAIなんですから、単に馬鹿な訳ないじゃないですか」
何が気に入らないのかトラットはかなり不機嫌だ。今まで微笑を作って入力に応えるだけのAIだったトラットが、急に表情豊かになって、こちらと会話までしている。二人は動揺を隠せずにいた。
「もともと僕のもの、ってどういう事?」
「ですから、僕の能力はこのCrash Down No. 30を装備した状態を想定して作られているんですよ。なんと言っても高性能ですから、これくらい処理能力の高いものじゃないとどうにも動作が重くなってしまうんです。まあちょっとした事が原因で、どっかの研究者に奪われてたんですけどね。いやあ、返ってきてくれて助かります」
トラットは本当にうれしそうな笑顔でにこにこと仮想窓の中にCrash Down No. 30を掲げて見せた。
「トラットが賢くなってくれるのはすごく有難いんだけど、それって大事な商売道具なの。クライアントに届けないと私達クビが飛んじゃうから、お願いだから返してよ」
「ああ、その点ならすでに鴉さんには報告してあります。だからクライアントに届けろ、とは言われません」
ぴ、と人差し指を立ててトラットが自慢げに語る。
「ホントかよ!?」
「報告内容を確認しますか?」
「うん、お願い」
トラットが表示されている仮想窓の隣にもう一つの仮想窓が開く。画面の右上に>Playの表示。どうやら鴉に送ったビデオメールをそのまま再生してくれるようだ。
仮想窓の真ん中には、憎らしい顔で中指を突き立てたにごと、馬鹿にした表情で舌を突き出した電の二人が映っていた。
あっけにとられる現実の二人を置いて、ビデオメールは再生される。
『言うだけ言って逃げやがって!』
『そろそろ脳みそ詰め替えた方がいいんじゃない?』
『全くだ! こっちの気も知らずにへらへら笑いやがって!!』
『この出来損ない!!』
『ばーかっ!!』
『お前の遣いっ走りばっかやってられっか!! 欲しかったら自分で取りに来い!!』
二人は散々な悪態をついて、ビデオメールは終了した。
「ちょっと待て!! これお前が馬鹿だった時にお前に向かって言ったセリフだろ!?」
「しかも何を勝手に合成してんの! これじゃあCrash Down No. 30を手に入れた後で裏切ったようにしか見えないじゃん!!」
「鴉姐さんぶちギレるぞ……」
二人は青ざめた表情で震えている。
それを楽しむかのようにトラットはにこにこと笑い続けていた。
「ええ。ですから、“クライアントに届けろ”とは言われないと思いますよ」
「当たり前だ! これじゃあ俺たちが賞金首じゃねえかっ!」
「今すぐ連絡して、誤解を取り消そう! まだ間に合うよ!!」
「無駄だと思いますよ。鴉さんの所属コードを持った飛行艇が2艇、すでにこの艇の後ろに控えていますから」
電がコンソールを操作し、仮想窓にレーダーを表示すると確かに、2艇の機影が映っていた。
「トラットぉぉぉぉっ!!」
「人のことを散々馬鹿にしてくれたお礼です。それに、僕の名前はトラットではありません。希です」
「お前な! 一人前にアイデンティティの主張なんてしてんじゃねえよ!! この船が落とされたらお前も死ぬんだぞ!?」
「大丈夫です。僕は超高性能の飛行艇ですよ? そこいらの船に落とされる訳がないじゃないですか」
トラット、いや希はなぜか自信満々で宣言する。
「なあ、電」
「多分同じこと考えてる」
『こいつが馬鹿なのは、天然!』
二人はこれから続くであろう苦難の旅に、頭を抱えるのであった。
Crash Down No. 30 <完>
Copyright:EMBRYO
Special thanks and starring
宇想 as 赤服の殺し屋
にご as 男口調のヒロイン
電 as 飛行艇の操縦士
鴉 a.k.a yukito as 冷酷非情のボス
亜璃亜 as カフェ&バーの女主人
希 as 超高性能飛行艇のAI
電が慌てて駆け寄りその体を支えるが、もとより電にはにごを支えるだけの筋力は無い。結果、二人して床に倒れこんでしまった。
ぼーっとする意識で、低い天井が見える。至るところに紙が張ってある天井だ。いつか受けた依頼の明細に電が赤でチェックを入れた物であったり、『にご様の買い物リスト!!』と書かれた長々と続く紙であったり、伝説の空賊と呼ばれた男が、龍をかたどった刺青を誇っている写真などがあった。
「もー。心配したんだからね」
「何言ってんだよ。こっちの方が心配したよ。宿に帰ってないから探してみたら帽子が真っ二つで出てくるし。まあ、無事で良かった」
「今朝、漁から戻ってきた漁船にね、港に浮かんでるところを助けられて。夕方目が覚めたから、ほとんど24時間意識が無かったんだ。にごが亜璃亜のところを出た後で、亜璃亜の“若いの”が私を見つけてくれて。心配になって、アスファルトドロップ号で探しにきたってわけ」
「ああ、そうか」
にごは亜璃亜の顔を思い出していた。様々な火器をこともなげに取り出し、持っていけといってくれたカフェバーの女主人。過去に、電との間にどんな関係を築いていたのだろうか。
詮索はしない方がいいだろう。
もしも電が、あの男との過去を聞きたいと言い出したら、きっと自分は困った顔になるだろうから。電と亜璃亜との関係も、なんとなくそういう感じなのかな、と思う。
「結局は、“老婆心”とやらに助けられた、か」
「?」
「何でもない」
そう、と頷く気配がして、電も天井をぼんやり見た。
「ねえ、Crash Down No. 30、手に入れられた?」
「え? 解析にかけるからって、マニピュレーター搬入口のところのトレイに置けって言ってたじゃん。トラットが受け取りましたーみたいな事言ってたぞ?」
「え? 嘘。私知らないよ!?」
電が体を起こし、操縦席に駆け寄った。仮想窓を開く電子音が響く。続いてキーボードを叩く音が聞こえてきた。
にごも体を引きずりながら操縦席の背もたれに体を預け、仮想窓を覗き込む。
「ちょっと!! トラット!! 大事な物なんだから返してよ!!」
電がキーボードを叩くと、アスファルトドロップ号の人工知能トラットがむすっとした顔で出てきた。
にごと電が思わず顔を見合わせる。
―――トラットが表情を作ってる!!
「返してよ、とは酷い言い草ですね。Crash Down No. 30はもともと僕のものです」
「ちょ、トラット、お前ホントにトラットか!? お前ってもっと馬鹿だっただろ?」
「ええ、脳みその大事な部分が外部に流出してる状態でしたから。そりゃ馬鹿に見えても仕方ありませんけど。こう見えても超高性能の飛行艇のAIなんですから、単に馬鹿な訳ないじゃないですか」
何が気に入らないのかトラットはかなり不機嫌だ。今まで微笑を作って入力に応えるだけのAIだったトラットが、急に表情豊かになって、こちらと会話までしている。二人は動揺を隠せずにいた。
「もともと僕のもの、ってどういう事?」
「ですから、僕の能力はこのCrash Down No. 30を装備した状態を想定して作られているんですよ。なんと言っても高性能ですから、これくらい処理能力の高いものじゃないとどうにも動作が重くなってしまうんです。まあちょっとした事が原因で、どっかの研究者に奪われてたんですけどね。いやあ、返ってきてくれて助かります」
トラットは本当にうれしそうな笑顔でにこにこと仮想窓の中にCrash Down No. 30を掲げて見せた。
「トラットが賢くなってくれるのはすごく有難いんだけど、それって大事な商売道具なの。クライアントに届けないと私達クビが飛んじゃうから、お願いだから返してよ」
「ああ、その点ならすでに鴉さんには報告してあります。だからクライアントに届けろ、とは言われません」
ぴ、と人差し指を立ててトラットが自慢げに語る。
「ホントかよ!?」
「報告内容を確認しますか?」
「うん、お願い」
トラットが表示されている仮想窓の隣にもう一つの仮想窓が開く。画面の右上に>Playの表示。どうやら鴉に送ったビデオメールをそのまま再生してくれるようだ。
仮想窓の真ん中には、憎らしい顔で中指を突き立てたにごと、馬鹿にした表情で舌を突き出した電の二人が映っていた。
あっけにとられる現実の二人を置いて、ビデオメールは再生される。
『言うだけ言って逃げやがって!』
『そろそろ脳みそ詰め替えた方がいいんじゃない?』
『全くだ! こっちの気も知らずにへらへら笑いやがって!!』
『この出来損ない!!』
『ばーかっ!!』
『お前の遣いっ走りばっかやってられっか!! 欲しかったら自分で取りに来い!!』
二人は散々な悪態をついて、ビデオメールは終了した。
「ちょっと待て!! これお前が馬鹿だった時にお前に向かって言ったセリフだろ!?」
「しかも何を勝手に合成してんの! これじゃあCrash Down No. 30を手に入れた後で裏切ったようにしか見えないじゃん!!」
「鴉姐さんぶちギレるぞ……」
二人は青ざめた表情で震えている。
それを楽しむかのようにトラットはにこにこと笑い続けていた。
「ええ。ですから、“クライアントに届けろ”とは言われないと思いますよ」
「当たり前だ! これじゃあ俺たちが賞金首じゃねえかっ!」
「今すぐ連絡して、誤解を取り消そう! まだ間に合うよ!!」
「無駄だと思いますよ。鴉さんの所属コードを持った飛行艇が2艇、すでにこの艇の後ろに控えていますから」
電がコンソールを操作し、仮想窓にレーダーを表示すると確かに、2艇の機影が映っていた。
「トラットぉぉぉぉっ!!」
「人のことを散々馬鹿にしてくれたお礼です。それに、僕の名前はトラットではありません。希です」
「お前な! 一人前にアイデンティティの主張なんてしてんじゃねえよ!! この船が落とされたらお前も死ぬんだぞ!?」
「大丈夫です。僕は超高性能の飛行艇ですよ? そこいらの船に落とされる訳がないじゃないですか」
トラット、いや希はなぜか自信満々で宣言する。
「なあ、電」
「多分同じこと考えてる」
『こいつが馬鹿なのは、天然!』
二人はこれから続くであろう苦難の旅に、頭を抱えるのであった。
Crash Down No. 30 <完>
Copyright:EMBRYO
Special thanks and starring
宇想 as 赤服の殺し屋
にご as 男口調のヒロイン
電 as 飛行艇の操縦士
鴉 a.k.a yukito as 冷酷非情のボス
亜璃亜 as カフェ&バーの女主人
希 as 超高性能飛行艇のAI
by embryo_3
| 2006-01-01 00:34
| CD30